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人は死を背負って生きている

昨日の続きです(^^)

医師であり、キリスト教徒、金城学院大学学長の柏木先生のお話です。
 
。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。

人をケアするのには4つの段階があると先生はおっしゃいました。
差し出す・支える・寄り添う・背負う、この4つだそうです。

災害現場などの緊急を要する場では、とにかく処置することが重要です。
必要なのは技術力であり、そこにはケアする人のパーソナリティや親切心、思いやりなどはあまり必要ありません。持っている技術を提供すること、これが総てです。言わば上から差し出す医療です。

緊急を脱し、一般診療の状態になったら必要なのは技術+心(優しさや思いやり)です。
これは支える医療。支えるというのは下からのケア。看護士さんなどはまさにそうですね。

次に身体に負った傷以外に抱えているもの、心の痛みや辛さを癒す医療。
その人の痛みや辛さに寄り添うこと。寄り添うケアは横からの医療です。
寄り添うというのは、信頼を軸にして行うもの。その人の自立性を信頼していなければ、お互いに倒れてしまいます。

そして4つ目は“背負う”ということ。
物理的に背負うということではなく、その人が抱えている魂の痛み、辛さ、悲しみを背負うということだそうです。これは人には出来ないそうです。
心や身体の痛みはさまざまな治療で軽減することは可能でも、魂が感じている辛さや悲しみはその人の代わりに誰かが背負ってあげることはできない。
でも、魂が感じているその悲しみや辛さを引き受けてくれるかたがいらっしゃる、ということ。
そのことを教えてさしあげることが大切なのではないか、と先生はおっしゃっていました。

辛さ・悲しみを背負ってくださる存在というのはキリスト教でいうところの“神”ですが、大いなる力、永遠の命、という表現もされていました。
人が死ぬ時というのは、むきだしになった魂がどんな状態であるかを問われる瞬間なのですね。

湧き上がってくるさまざまな感情や命に対する執着、恐怖、不安そういうものすべてを神さまに委ねてもとの世界に還る、生きている時間をどう過ごしてきたかによってそれは大きく左右される。
最後のときだけ魂を平安にする、というのはお医者さまである先生にもできなかったといいます。
穏やかに静かに死を迎える、という事だけが目的ではないと思いますが、日頃から「生」の裏側にある「死」について、そしてそこに含まれる様々な感情と向かい合い、受け入れていくことは大切かもしれませんね。
私個人としては、穏やかに旅立ちたいなぁとは思いますけど、これも欲でしょうかね
(^^)

おもしろいのは、人をケアする段階は、段階的にスピリチュアルなものになってゆく、ということ。
3次元的なものから徐々に“見えないもの”に対象が変わってゆく。
人生と同じなのかもしれませんね。

お医者さまである柏木先生の、神様や超自然についてのエピソードはとても現実味があって、単なる宗教観を聴いている感じは私はまったく受けませんでした。
先生は、現実世界と神の世界とのバランスが非常に良く調和されていて、とてもわかりやすく神様のお話をしてくださいました。ステキな先生です。

柏木先生、素晴らしいお話をありがとうございました。
とても魂に響きました。
感謝いたします。
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プロフィール

nami*nami

Author:nami*nami
埼玉県在住。女性。
旦那さん、私、ねこのチャトランの3人暮らし。
こころや魂、宇宙のこと
地球のこと、人間のこと
生きてる不思議・・・
そんなことに興味があります。
みんなみ~んな癒されて、
地球家族になあれ!

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